旅の記録=2012年2月マカオ編 その9=

      2013/06/15

旅の記録=2012年2月マカオ編 その8=の続き

2012年2月11日(土)ずっと曇り
時刻は14:30頃。

ひたすら歩いていくと、大きな家の白い壁が出てきます。
ただ、白がところどころはげて、ちょっと無残?ゴーストハウス?みたいに見えます。

ガイドさんが「これも世界遺産なんです。」と。
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裏側を歩いているようです。



ここは、後から行くことになっているらしく、先に行ったのがこちらの広場です。

21.リラウ広場
初期にマカオを訪れたポルトガル人たちが、ペンニャの丘から湧き出る貴重な天然の泉があるこの地に住みました。
だから?世界遺産。
とっても小さな広場ですが、名残でしょうか?井戸がありました。

きれいな街並みです。
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右奥に井戸が。見えにくいですね。
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22.鄭家大屋(マンダリンハウス)
こちらが、先ほどの白い壁の正体です!!

ここは、旅マカオより転載します。
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孫文や毛沢東にも影響を与えた19世紀の思想家、鄭観応の邸宅。
約8年にも及ぶ大修復の末、2010年2月に一般公開を再開。
約4000平方メートルにもわたる豪邸は、マカオを代表する知性派の邸宅らしく、東西の美を融合させた名建築といわれる。
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なぜ、大修復が行われていたか?というと、第2次世界大戦中に中国本土の内戦から非難をして鄭さんの親戚が
助けを求めに来たことが始まりです。
そこから、親戚や遠い親戚と名乗る方々が(どこまで親戚?)続々とやってきました。
そのうち、鄭さんはこの邸宅から離れて別の場所へ居を構えます。

すると住み着いた「親戚一族」??が、「町」を作りました。
勝手にクリーニング屋さんなどの商店までできていたとか。
そのため、中にあった貴重な絵画なども塗りつぶされたり、破壊されたり。
それは、その絵が「貴重」かどうかは人々にはわからず、ただ「邪魔なもの」だったため。ということです。

その後、マカオの政府が買い取り、「親戚一族」を追い出して修復に取りかかります。
一般公開が始まっても、まだ修復している所がありますので、そこは順次公開ということになるそうです。

中は、こんな感じ。細長いです。
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中庭を2階から撮影
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作家だった鄭さんの作品
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なんだか、荷物が。まだ整理できていないんでしょうね。
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ここも邸宅内。お店があったのかな?
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真っ黒に塗りつぶされていたのをきれいに洗ったら出てきた絵です。
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23.聖ローレンス教会
聖アントニオ教会、聖ラザロ教会と同じ時期に建てられたマカオ初期の教会のひとつ。
「聖ローレンス」は、海の神様です。
教会内部は、美しいバロック様式です。
6枚のステンドグラスには、聖ローレンスの生涯が描かれています。

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美しい教会内部。
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聖ローレンスの像。
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聖ローレンスの生涯を描いたステンドグラスの1枚。きれいです。
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24.聖ヨセフ修道院および聖堂
イエズス会アジア布教の宣教師育成所として1728年に造られた修道院が始まりです。
1758年に聖堂が併設されました。
聖堂には、あの種子島鉄砲伝来の時のほぼ同時期にやってきたイエズス会の「フランシスコ・ザビエル」の右上腕骨の一部が安置されています。
聖堂は一般公開されていますが、修道院は残念ながら公開されていません。
現在も使われているためでしょうね。

こんな風に階段を登っていくのです。
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結構大きな聖堂です。
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内部です。
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これがザビエルさんの骨の一部です。
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修道院。
裏に回ると入り口がありました。
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あと6か所ーー!!

続く。



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